東洋の知識体系―清朝時代の園芸手引書に垣間見る―

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秘傳花鏡 支那園藝 訳註:杉本行夫 弘文堂書房昭和19年初版 B6判 P241 経年ヤケ、イタミ カバー上下端少破れ P209角折れ跡、5ミリ程度の破れ

副題に「支那園藝」とある通り、本書の原本は清朝中国の康煕年間に著された園芸書です。わが国でも遅くとも江戸中期~後期には翻刻が出回っていたようで、今回ご紹介する本書はその翻刻版を現代語訳したもの。ただし原本全六巻のうち、第一巻、第二巻、第六巻のみを全訳し、第三~五巻は抄訳となっています。

もちろん園芸書ですから、植木の配置、接ぎ木、剪定、根分けのやり方、時期ごとの手入れ、といった実用的な方法が主な内容。
ただし、このほかに季節ごとの風雅な生活の仕方や、花瓶・机・掛け軸といった室内調度品の配置まで解説されているのは、園芸が「風流人士のたしなみ」と考えられていたからでしょうか。
たとえば春の過ごし方はこんなふうにすべきとあります。

早朝に起き、梅花湯を點じ、下男に命じて曲房(おくざしき)や花径を晒掃せしめ、花暦を閲(しら)べ、階段の苔を愛護する。
 午前十時に薔薇の露を取つて手を洗ひ、玉蕤香を薫じ、赤文緑字(めずらしきほん)を読む。正午に筍蕨を採り胡麻を供し、泉を汲んで新茶を試みる。
 午後は愛馬に乗り剪水鞭を執り、雙柑斗酒を携へて鶯の声を聞きに往く。午後四時に柳風の前に坐し、五色箋を裂き意に任せて吟詠する。
 薄暮に径をめぐり、園丁を指図して花の手入れをさせ、鶏や養魚に餌を與へさせる。

もちろん、こうした風雅な部分だけでなく、本書の主な内容である実用的な箇所についても、興味深い点はあります。
たとえば暦と天候に関する部分。
観察や経験、記録によって得られたらしい実証的知識と、十干十二支・五行といった卜占のようなものが並列され、この時代の知識体系をいくらか垣間見ることができます。

元旦が丙の日に寄れば四月の旱魃の兆候であり、戊であれば春の旱魃が四十五日続く兆候、己か癸であれば風雨が強く、辛であれば旱魃の兆候である。元旦の朝に東北風があれば豊年の兆候であり、西北風が大水があり、四方に黄雲があれば豊作、青雲は蝗の災害、赤雲は旱魃の兆候である。東井に雲があれば浸水がある。雨がふれば春の旱魃の兆候、虹が現れると旱が多く、霞があれば蝗の災害があるが、果物や蔬菜はよく出来る。空に青気があれば蝗の災害があり、赤気は旱魃、黒気は水の出る兆候である。霜があれば七月の旱魃の兆候である。稲光があれば流行病が多い。雷が鳴れば七月に霜のある兆候である。霧は大水の兆候であり、桑の相場は下る。大雪は豊年であり、秋に水のある兆候である。

先日ご紹介した『ニュートンの錬金術』に関する記事で、17世紀後半ヨーロッパが錬金術的な学問体系の最後の時期を迎えていたというお話をしましたが、じつは『秘傳花鏡』が著された清代の康煕年間というのは、西暦でいえば1662年~1722年、まさにニュートンが活躍していたのとほぼ同時代なのです。
ヘルメス思想に基づいてた錬金術が、ヨーロッパでより科学的な段階に発展していたその頃、中国の思想と学問はどのような結びつきを見せていたのか……。今日では実用に耐えない古い実用書も、そんな視点から読んでみるとまた新たな発見があるもので。

さて、下篇は「養禽獣蟲魚法」。さまざまな動物の飼い方について書かれているのですが、これがまたじつに興味深い。
まず驚かされるのは採り上げられる動物の中に鶴や孔雀、鹿といったものまで入っていること。
それから、動物の性質についての説明の中にときおり挿入される、今日の我々から見れば俗信的と思えるような知識も注目に値します。

人が手を叩つて歌舞したり、緑竹管弦の音楽を聞いたりすると、孔雀も鳴いて舞ふ。孔雀を飼養する者は、いつも孔雀が舞うてひそんでしまつてから音楽をやらせる。その性質は最も嫉妬心が深い。人が彩服を着てゐるのを見れば必ずこれを啄む。その孕むのも亦た匹偶せずに、音影を以て相接する。或いは雌が風下に鳴き雄が風上に鳴く。或いは蛇と交つても亦た孕む。

孔雀は古くから蛇を食うことが知られており、密教における孔雀明王などにその影響が見られたりもしますが、ここには蛇と交尾することで孕む、とあります。
(※孔雀が交尾せず音で交わり、蛇と交わるという説は、じつは『本草綱目』にも同様の記述が見られるのですが・・・)

交尾と出産についての記述には、他にもわりと面白いものが多く、
猫の場合は

竹箒でその背を数回掃へば孕む。或いは桝をもつて猫を竈前に覆ひ、刷箒(たわし)の端で桝を撃つて竈神に祈つて求めても亦た孕むことがある。

とあり、
亀について「蛇と交つても孕む」とあるのは、中国で四つの方角を守る四神の一つ、北方の“玄武”の図案との関連を思わせます。

パラパラと拾い読みしただけでもこれだけの興味深い例が見つかるのですから、じっくり読めばまだまだ面白い発見がありそうな一冊。
何か見つかったらまたご報告いたしま……いやいや、是非お買い上げのうえ当方にご教示くださいませ。

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