8月末尾まで当店ウェブショップにて角川文庫・横溝正史作品を販売していることはすでにこのブログでもお知らせしておりますが、じつは当方の事情で販売リストに載せていない作品が1冊。
【『金田一耕助のモノローグ』(横溝正史著 平成5年 角川文庫)】
1976~77年に雑誌に連載していた文章を、横溝歿後10年以上を経た1993年になって文庫化したものです。
横溝自身の、戦中から戦後のさまざまな思い出を綴ったエッセイ集である本書。
疎開先だった岡山県真備地区の人々との交流などについて多くのエピソードが語られています。
ウェブショップに掲載していない店主が言うのもアレですが、横溝作品をきっかけに真備に関心を持たれた方には是非お読みいただきたい。
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とにかく実際に読んでいただくのが手っ取り早いので、細かい内容を紹介するつもりはないのですが。
作中、個人的に興味をひく記述があって、ちょっと調べ物もしましたので、そのことだけは書き留めておきます。
話は昭和20年のこと。
終戦を迎えてから若い人たちがおいおい復員してくると、横溝には探偵小説談義を交わす間柄の相手も出来たようで。
石川淳一さんと藤田嘉文さんという二人の名前が挙げられ、両者との会話の中で創作のヒントを得たことが明かされています。
ワタクシが「あっ」と思ったのは次の箇所。
そして細々としたトリックを考案しては、得意になって両君に語って聞かせているうちに、藤田君もおいおい探偵小説について理解を深めたのか、あるとき岡山一中琴の怪談というのを語ってきかせた。詳しい内容はいまはもうすっかり忘れているが、岡山一中ではなにか変事があるたびに、琴の音が鳴りわたるというのである。
ああ、琴。――
この純日本式な楽器が強く私の心を捉えてはなさなかった。
〈略〉
だから琴の構造や、それに附属している小道具については、私にもいくらか知識があった。これと密室と結びつけてみたらどうかと、私は大いに興奮して、たちどころにトリックを考案し、そのつぎ両君がやってきたとき、得意になってそのメカニズムを披露におよぶと
〈略〉
これが昭和二十年の秋から冬にかけてのことだった。だから「本陣」にしろ「蝶々」にしろ、雑誌社から注文があるまえに、トリックだけは出来ていたようなものであった。
真備で知り合った同好の士、藤田さんから聞いた怪談が、金田一耕助シリーズの第1作「本陣殺人事件」誕生に影響を与えたという、岡山人としては少しワクワクするエピソード。
いちおう補足しておくと、岡山一中というのは藩校の流れを汲む旧制中学、「岡山県第一岡山中学校」のことです。
つまり、文中にある「岡山一中琴の怪談」というのは、いわゆる「学校の怪談」なのでしょう。
横溝は「詳しい内容はいまはもうすっかり忘れている」と記していますが、この怪談が一体どういったものだったか、気になったので調べましたというのが今回の本題。
なにも勿体つけるほどのことではないのですが、まずは話の順序として、岡山一中について。
岡山ではごく普通に知られていることですが、この岡山一中、終戦の頃までは岡山城本丸に校舎があり(1945年の岡山大空襲で焼失・移築)、横溝に怪談を教えた藤田さんの知っている一中も「岡山城時代」のものです。
【昭和11年に撮影された岡山一中全景(『写真で語る一四〇年』(平成26年 岡山県立岡山朝日高等学校)より】
写真を見てわかるように、大胆にも岡山城天守閣の目の前に校舎が建ち並ぶ一中。
そして見落としてはならないのが、敷地の北西(写真左上)に「月見櫓」という建物がある点。
「琴の怪」「月見櫓」といえば思い出されるのは、『岡山文化資料 第二巻第三号 妖怪号』(昭和5年)の中で紹介されている、次のような話です。
城の少し西に、今でも月見櫓というのがとり残されています。天守閣の方は随分利用されているのに、この方は扉の開かれたということすら聞きません。何でも夜耳を澄ましてきくと、中から琴の音が漏れてくるそうです。
(嶋村知章の報告 昭和54年の合本再版から引用)
こちらの話は、つい数年前に刊行された岡山文庫の『岡山の妖怪事典 ―妖怪篇―』(木下浩編著 2014年 日本文教出版)にも再録されているので、妖怪・お化け好き諸氏の中には「ああ、あの話か」と心当たりの方もいらっしゃるかと。
「本陣殺人事件」のトリックが生まれるきっかけとなった「岡山一中琴の怪談」というのは、もしやこの「岡山城月見櫓の怪」と同じか、或いはそこから派生しアレンジを加えた話ではあるまいか……。
……と、ここまで気付いて、確証には至らないまでも、なかなか良い見立てでは、と手応えを感じてもいたのですが。
よくよく調べてみれば「岡山城月見櫓の怪談」と「岡山一中琴の怪」の類似性に目を付けた文章は既にありまして……。
しかもワタクシ、その文章を以前に読んでいたというのに、記憶がすっぽりと抜け落ちておりました。
岡山の奇談巷談を集めた本で、数年前から店主の私物として本棚に並んでいたものです。
で、その一番はじめの章が「城中の変化百態 月見櫓の怪と一中騒動」という、まさにドンピシャなタイトル。
いざ読み返してみると「月見櫓の怪」についての説明は、前述の「岡山文化資料」と概ね同じような内容。追加情報としては『備前古老聞書』なる文献にその記述が見られるとのこと。(あいにく今回の調べものではその『備前古老聞書』がどんな本なのか分かりませんでしたが。)
それより大きな収穫は、「岡山一中琴の怪談」のほうに関する次のような解説。
でも思ひ出されるのは、明治四十年ごろのことである、一中のお城に面してゐる教室に何處ともなく鮮かに琴を弾じる音が聞江て来るといふので大騒ぎをやつたことがあるのだ。色とり/\゛の憶測が行はれ、つひには新聞種とまでなつた。物理の先生、大神さんが天井にまで上つて調べたといふことだつた。
ハア……、なんとも明快に説明されていて、拍子抜けするほどです。
文中に「新聞種とまでなった。」とある、その該当記事を探すなど、まだ調べて面白くなる余地はありそうですが、今回はひとまずここまで。
ちなみに、今回の調べ物のために岡山県立図書館に行ってきましたが、岡山城はその図書館から道路一本はさんだ向かい側。
ついでに「月見櫓」の写真も撮ってきましたので、最後にこれを載せておきます。
追記:
当店ウェブショップの角川文庫・横溝正史作品は8月末まで販売予定です。
売上は「平成30年7月豪雨災害義援金」として日本赤十字社ほか災害支援団体に届けられます。
引き続きお力添えのほど、よろしくお願い申し上げます。